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二宮尊徳が江戸時代の経営コンサルタントと呼ばれる理由と名言集

皆さんは、二宮金次郎をご存知ですか?

「そういえば、
小学校に銅像があったかも、、。」

という方も多いと思います。

実は日本で一番数が多い銅像は
二宮金次郎像なのです。

ではなぜ、二宮金次郎像がこんなにも多く
設置されるようになったのでしょうか?

この記事では、二宮尊徳(金次郎)が、
生涯をかけて行ったてきた功績と、

江戸時代の経営コンサルタントと
言われるようになった所以を

尊徳の教え(思想・名言)と
ともにお伝えしていきます。

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1.二宮尊徳ってどんな人?

二宮尊徳(本名二宮金次郎)は
江戸時代後期を代表とする農政家・思想家で、

道徳と経済の両立を説いた
「報徳思想(ほうとくしそう)」や
「報徳仕法(ほうとくしほう)」を考案し、

およそ600を超える農村復興に尽力した人物です。

尊徳の教えは、
渋沢栄一、安田善次郎、
松下幸之助、稲盛和夫といった

明治の財界人・実業家や、
昭和を代表する経営者たちにも
大きな影響を与えたと言われています。

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2.悲劇の人から600を超える村を救う経営コンサルタントへ

2-1.幼少期

①.最初の悲劇

二宮尊徳は、江戸時代後期
現在の、神奈川県小田原市の、

百姓の長男として生まれました。
父と母、そして二人の弟という家族構成です。

比較的裕福な家庭でしたが、
尊徳が5歳の時、今までの平穏だった生活が一変します。

それは、南関東を襲った暴風による
酒匂川の氾濫で、尊徳の家を含む一帯が、
濁流により水没してしまったのです。

農業を生業として生計をたてていた家は、
ひとたまりもありません。

せっかく育てていた作物も家も全て流され、
田畑は砂礫となり、
汚水に侵された土を復旧させるために
数年の月日を要しました。

この時から二宮家は、借金によって
家計が困窮してしまうのです。

②.大黒柱の父親と、母親を失う

尊徳が12歳のとき、
父親が病に倒れたことで働きに出ることになりました。

しかし、まだ幼いため満足に稼ぐことができず、
尊徳は自ら、早朝山に薪を取りに、
夜には草鞋を編んで売ることで、
家計の足しにしました。

尊徳14歳のとき、看病も虚しく、
父親の病状が悪化し、
ついには帰らぬ人となったのです。

父親が亡くなって2年後、
貧窮の中、母親も後を追うように亡くなりました。

③.悲劇の再来、培われた理念

父親だけでなく、母親までも亡くした尊徳は、
幼い弟達を預け、自分は祖父の家で働きながら
過ごしていました。

しかし、悲劇は再度、尊徳たちを襲います。

酒匂川がまた氾濫したことで、
尊徳の土地は、全て流されてしまったのです。

それでも、生きていく為にはと、
尊徳は田畑復旧のために働きます。

絶望的な状況ですが、
尊徳には楽しみがありました。
それは【勉強】です。

朝から晩まで農業に勤しみ、
夜は勉強のために本を読みふける尊徳でしたが、

祖父は、尊徳が勉学に励むことを良しと思わず、
読書のための明り取りの油が勿体無い。
と言い捨てます。

祖父からの、
意地悪とも言える悪態を受けた尊徳は、

堤防に菜種を植えて、
収穫した種を油と交換して使っていました。

それだけでなく、
田植えで余って捨てられた苗を用水堀に植えて
米一俵の収穫をするなど、

ただ、がむしゃらに働くのではなく、

分相応の中で、
どうしたら効率よく成果が出るのか
尊徳は身をもって実践していたのです。

この時から、尊徳の
【積小為大】の理念が培われていきました。

2-2.青年期

①.コンサルタントとしての才能が開花

尊徳は、倹約家としても知られていますが、
自身の見聞を広げるための自己投資は惜しまず、

尊徳の学びに対する貪欲ぶりは、
周囲が目を見張るほどでした。

20歳になると、生家の再興に着手し、
質にいれた田畑を買い戻して、
田畑を小作に出すなどで
貯えを増やして行きました。

尊徳は、地主・農園経営を行いながらも、
武家奉公人としても働きに出ており、

尊徳がコンサルタントとして
才能が開花したきっかけは、

小田原藩家老・服部氏の
奉公先での出来事でした。

ある時、使用人の一人から
お金の無心を乞われた際、
尊徳は快くお金を貸しました。

しかしそれだけではおわりません。

お金の使い方や増やし方、
そして生活指導までも行い、利子も設定し、
返済期日も守らせていたのです。

実は当時、奉公先の服部家も、
厳しい財政難に陥っていました。

そこで生家を再興した尊徳の手腕に着目し、
尊徳へ財政再建を依頼したところ、

尊徳は、およそ5年で、
服部家を再建させたのです。

このことを皮切りに尊徳は、独自の金融制度を
作り上げていきました。

②.信用組合の源流、五常講システムとは

尊徳が発案した【五常講(ごじょうこう)】とは
集団による連帯保証人を伴った金融制度のことで、

儒学が定めた5つの徳を守ることを
条件として、お金を貸すシステムです。

5つの徳を結びつけると、こうなります。

  • (仁)思いやりを持ってお金を貸し、
  • (義)義の心で正しく使い、
  • (礼)礼の心で感謝をし、
  • (智)智で返済の工夫をし、
  • (信)信をもって約束を守ること。

このシステムの確立が、
尊徳を、経営コンサルタントとして
有名にしていくのです。

また、この五常講は
現在の信用組合の原点とも言え、

ヨーロッパのドイツが
最初に信用組合を作ったのは
五常講が生まれてから42年後。

つまりは、尊徳は世界で初めて
信用組合のシステムを作った
と言っても
過言ではありません。

日本で最初の信用組合といわれる
掛川信用組合(現掛川信用金庫)は、

尊徳の弟子、
岡田良一郎が1874年に設立したものです。

③.尊徳の挑戦

五常講システムが評判になった事で
小田原藩内で一躍
その名を知られることとなった尊徳は、

36歳のとき、
藩主である大久保忠真より、

大久保家の分家で旗本の宇津家
下田国(今の栃木県)桜町領の
財経再建を命じられます。

尊徳は、
悩みに悩んだ末これを引き受けました。

自身で買い戻した田畑や、家、家財を全て売払い、

「一家を廃して万家を興すなり」という
不退転の決意で、桜町への一家移住を決めました。

ここから、尊徳の挑戦が始まったのです。

④.現場第一主義

桜町に移住した尊徳は、
言葉の通り、身を粉にして復興に努めました。

早朝から遅くまで村を回り、荒地の開発、
治水の整備などやらなければいけないことが
山のようにあります。

その中でも、
尊徳が一番注力していたのは、

村人たちの勤労意欲
云わば、【モチベーション】です。

尊徳は、毎日のように現場に足を運び
村人たちの様子をよく観察していました。

成果を上げた村人には表彰をしたり、
新しい道具を買い与えたりすることで、
モチベーションを保っていたのです。

この表彰も、
尊徳が自ら選出することもありましたが、
一般的には、
村人の中で投票する仕組みにしたのです。

また、村で大事なことを決める際には、
寄り合いで村人たちに決めさせることで、

当事者意識や、村人同士の結束や
自立心を強化していきました。

この取り組みは、田畑だけでなく
人の心や考え方から変えていく
心田開発(しんでんかいはつ)とも
言われています。

2-3.晩年

①.尊徳の功績

一部の村人からの反発もありましたが、
尊徳は、この桜町領の復興政策を10年かけて
再建することに成功しました。

その後、尊徳は幕府に登用され、
日光神領をはじめ、幕府領の再建に
総力をあげて取り組みますが、

かたわらで弟子たちを介して、
諸家、諸領の復興指導も続けました。

尊徳は、
病により70歳でその生涯を終えるまでで
615もの村の再建をしたのです。

3.報徳思想とは

二宮尊徳が独学で学んだ神道・仏教・儒教などと、
自身の農業での実践から豊かに生きるための知恵を編み出しました。

至誠・勤労・分度・推譲を
行っていくことではじめて
人は物質的にも精神的にも
豊かに暮らすことができる
というのが
尊徳がたどり着いた報徳教の根本的論理です。

至誠・勤労・分度・推譲
至誠
(しせい)
真心を尽くして人に接し、真剣に己の人生と向き合うこと。
勤労
(きんろう)
自分のできる範囲のなかで、どうすれば効率よくできるかを学び、知恵を磨くこと。
分度
(ぶんど)
自分の置かれた立場をわきまえて、相応しい生活を送る事。
推譲
(すいじょう)
得た利益を家族のために蓄え他人や社会の為に譲る。
富は分け合ってこそ、自分の為、やがては村の為になる。

そして、この教えに基づいて
農村の復興を行うことを報徳仕法といい、
財政再建策の総称ともなっています。

4.尊徳の教え(名言・格言)

次に、尊徳が遺した教え(名言・格言)を
『二宮翁夜話』から抜粋して紹介します。

積小為大(せきしょういだい)

大事をなそうと思ったら、
まず小さなことを怠らず勤めなければならない。
小が積もってはじめて大となる。

失敗する人の常として、
小さいことをいい加減にするものは
大きなことも必ずできない。

己に克つ

人道は一日怠れば、たちまち廃れる。
己の中には私欲がある。

私欲は田畑に例えれば雑草だ。

「克つ」とは、この田畑に生える雑草を
取り除くことをいう。

したがって「己に克つ」とは、
自分の心の田畑に映える雑草を取り除いて
自分の心の米や麦を繁茂させることに
励むことなのである。

柿をえらぶのにも

世の中を見てみなさい。
柿を買うのにも芯がまっすぐで
キズのないものを選んで取るだろう。

世の中の人は、みなそうだ。
柿や梨でさえ、ここまでして選ぶのだ。

ならば、人に選ばれて、婿や嫁となる者、
あるいは仕官して立身を願う者は、
自分の身にキズがあっては、
人が取ってくれないのは当然のことだ。

自分がキズをたくさん持っているのに、
上に立つ人に用いられなかったとき

「自分を見る目がない」などと

上の人を悪くいって非難するのは、
大きな間違いである。

自らを省みよ。
必ず自分の身にキズがあるからに違いない。

甘い柿になるには

どの柿も、はじめの時点については
みな同じ柿なのだが、

だんだん熟していくに従って
価値が違ってくるのは、

すべてその過去の枝についているときの、
精力の運び方の因縁によるものなのである。

人もまた同じである。
人が『若い時によく学べばよかった』と
後悔するのは、

柿が市場に出た時に

『枝についている時に、
もう少し精気をはこんで、
太く甘くなればよかった』

と思うのと同じである。

後悔は先に立たないのだ。

修行は必要か、必要でないか。
役に立つか、立たないか。

そんなことを考える前に、
よく学んでおくべきだ。

そうでなければ、
役に立つ人にもならない。

柿が市場に出てからでは
どうにもならないのと同じ。
これが、すなわち因果の道理である。

道徳の根本

人と刃物のやり取りをする時に、
刃の部分を自分の方に向けて、
柄の部分を相手に向けて差し出すが、

これが道徳の根本というものである。

これをよく押し広めていくなら、
道徳は完全なものになり、
世の中は平穏になるだろう。

刃物を自分の方にして、
相手に向けないというのは、

万一間違いがあった時、
我が身を傷つけてでも、
相手には傷つけないようにする心から
発している。

自分の名誉を傷つけられても、
他人の名誉は傷つけまい、という精神なら、
道徳の根本は完全に確立したといえよう。

たらいの水

湯船のお湯をかき寄せれば、
自分のほうに引き寄せられるが、
その後にお湯は向こうに流れていってしまう。

反対にお湯を押し出せば、
自分の前から流れて行くが、
少し後にはお湯が自分の方に戻ってくる。

少し押せば少し返り、
大きく押せば大きく返る。
奪うに益はなく、譲に益がある。

心田を耕す

私の本願は、
人々の心の田の荒廃を
開拓していくことである。

天から授けられた善の種である
仁義礼智を栽培し、善の種を収穫して、
各地に蒔き返して、日本全体に
その善の種を蒔き広めることである。

※人生を豊かにする知恵の言葉

【現代語抄訳】二宮翁夜話 より抜粋

5.尊徳の逸話

5-1.年貢の不正請求を撲滅

小田原藩では、
当時年貢の測量にはおよそ18種類もの
異なるサイズの枡が使われていました。

そのため役人が
規定の量以上の米を請求したりと、

不公平で理不尽な年貢の取り立てが
行われていたのです。

このような状況を改善するべく、
尊徳は立ち上がりました。

尊徳は
「3回で1俵の米が量れる枡」を設計し、
それが採用されるようになりました。

この枡のおかげで
正当な取り立てができた上に、
実質的な減税ができるようになったのです。

5-2.飢餓を救ったヒーロー

日照不足が続いたある夏、
尊徳がなすを食べたところ、
夏のさかりにもかかわらず
秋なすの味がしたため、

尊徳は「これでは日照不足で
秋には稲が育たないのはないか?」と考え、

ただちに領地の人々に飢饉の備えをさせたのです。

そして各地に手紙を出し、
空き地や木綿畑に稗、蕎麦、大根、大豆など
冷害に強く食料になるものはなんでも植えさせました。

村人たちの中には
木綿畑に他の作物を植えることに対し
抵抗する声もありましたが、
尊徳の熱心な説得の末に
村人たちは尊徳に従ったのです。

やがて秋がきて、
夏からの日照不足は一向に回復せず、
約3年に渡る大飢饉となりました。
これは後に、天保の大飢饉と言われています。

この飢饉で、餓死した人数は
全国で20万から30万人という

日本の歴史に残る
最大規模の被害となりましたが、

尊徳の言葉を信じて備えをした地域は
飢えを免れることができ、
一人も餓死者を出しませんでした。

尊徳の先を読む思考と行動は
多くの村人たちの命を救ったのです。

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6.尊徳から学べること

二宮尊徳の言葉には、こんなものもあります。

「道徳なき経済は犯罪であり、
経済なき道徳は寝言である」

「道徳なき経済」は、
倫理を軽視して規則や法を破り
罪を犯してしまうことです。

「経済なき道徳」は、
たとえ苦しむ人を救う様な
社会貢献のための事業でも、

利益を考えずに進めてしまうと
必要な資金が不足して
事業を継続することができなくなります。

簡単に言うと、
道徳心をもって綺麗事を並べても、
継続できるような仕組みを作らなければ
せっかくの理念も「寝言」になってしまう。
ということです。

尊徳の教えは、農村復興の範囲に留まらず、
200年以上もの時を経ても
今の私たちの時代にも通じていると思いませんか?

尊徳が、
多くの経営者・事業家へ影響を与え、
江戸時代の経営コンサルタントとして
現代でも、広く注目されていることがわかります。

ここまでで、二宮尊徳の思想や名言、
功績をお伝えしてきましたが、

これを読んでいるあなたの仕事や
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